歴史ノート:世界の一体化へ、大航海時代
アジアの香辛料を求めて、ヨーロッパ諸国が大西洋へ
15世紀半ば、ヨーロッパでは食文化が多彩になり、アジアの香辛料の需要が拡大します。しかし中東ではオスマン帝国が成長していたため、陸路での、ヨーロッパからアジアへの交易ルートは途絶えていました。「陸がだめなら海から行こう」と、ヨーロッパの諸国が大西洋に乗り出して新しい交易路を開拓しようとしたことから、大航海時代がはじまります。
1502年に描かれたカンティーノ平面天球図(現存する最古の平面天球図)
大航海時代の流れ
- 大航海時代が開始された要因と背景
- ①ポルトガルがインド航路開拓に成功
- ②スペインが偶然、アメリカ大陸を“発見”
- ③コロンブスに続く航海者たち
- ④マゼランが世界一周を達成
- 新大陸の品が世界にひろがり、流通の基本形に
- 同時に、ヨーロッパによる征服がはじまる
大航海時代が開始された要因と背景
- ヨーロッパにおけるアジアに対する知識の拡大(13世紀モンゴルの侵入や、マルコ=ポーロなどによる)※マルコ=ポーロ(1254〜1324)『世界の記述』(『東方見聞録』)…ジパング伝説
- 羅針盤・快速帆船・緯度航法など、遠洋航海術の発達
- ヨーロッパでの肉食の普及にともなう香辛料の需要の増大
- レコンキスタ(イベリア半島でのキリスト教勢力がイスラーム勢力を排除する動き)が進行して、キリスト教布教熱が高まっていたこと
①ポルトガルがインド航路開拓に成功
先陣を切り、アフリカを南から回り込む航路でインドを目指したのがポルトガルでした。「航海王子」の愛称を持つエンリケが、アフリカ西岸に探検隊を派遣します。(実際には船酔いで船には乗れなかった人物)
バルトメロウ・ディアス(王宮の騎士、王室貯蔵庫の管理者として王室に仕えていた人物)がアフリカ南端の喜望峰に到達し、インドまでの中間点の航路を開拓。そして、ヴァスコ・ダ・ガマ(航海者、探検家)がインドのカリカットに到達し、船員の3分の2を失いながらも、香辛料をヨーロッパに持ち帰ることに成功しました。
②スペインが偶然、アメリカ大陸を“発見”
ポルトガルのバルトロメウ・ディアスが喜望峰に到達した頃「アフリカを回るのではなく、西に大西洋を行けばインドに到達できる」と、スペインの女王イザベルに画期的なプレゼンをした人物、それがコロンブス(イタリアの探検家)でした。彼のプレゼンは成功し、大西洋横断に挑みます。陸地が見えない2ヵ月以上の航海の末、現在のバハマにあるサンサルバドル島に到着しました。(コロンブスは生涯、新大陸をインドだと思い込んでいた。)
③コロンブスに続く航海者たち
コロンブスが西回りで陸地を見つけたことは、世界に衝撃を与えました。そして空前の西回りブームが到来します。
- イギリスが雇ったイタリア人カボットが現カナダに到達
- ポルトガルのカブラル、インドに向かう途中に遭難し、偶然ブラジルに漂着(ポルトガル領と宣言した)
- イタリアのアメリゴ・ヴェスプッチが南米の海岸線を辿り、はるか南まで陸地が続いていることを発見し、そこを「新大陸」と証明した(新大陸は彼の名から“アメリカ”とされた)
④マゼランが世界一周を達成
1522年、スペイン王カルロス1世によって出港したマゼランは、南米南端の「マゼラン海峡」を横断し、3ヵ月かけて太平洋を横切り、陸地に到着します。その地はスペイン皇太子フェリペ2世の名をとって「フィリピン」となりました。(マゼランはフィリピンで先住民たちに殺害されてしまいますが、生き残りの部下がスペインに帰還しました)
こうして、航海者たちが世界の一体化をすすめ「世界史」の幕があがったのです。
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新大陸の品が世界にひろがり、流通の基本形に
ジャガイモ・トマト・唐辛子・カカオ・トウモロコシなどの新大陸原産の品はヨーロッパに広がり、徐々に世界中の必需品になっていきます。
またこの頃、ヨーロッパの銀相場が大きく下落するインフレが起こります。スペインがアメリカ大陸で採掘した銀や、日本からもたらされた金銀が大量にヨーロッパに流入し、これが大幅な物価上昇につながりました。この「価格革命」によって、一定額の地代を徴収していた封建貴族が没落しました。
同時に、ヨーロッパによる征服がはじまる
スペインとポルトガルの航海は、単に航路をひらくだけではなく、領土を拡大する野心も伴っていました。
→先住民を奴隷化して鉱山で働かせ、過酷な搾取を行うようになる
1494年、ポルトガルとスペインはトルデシリャス条約を結びました。
これは、地球儀上に線を引き、新大陸はスペインの領土、アジアはポルトガルの領土、とざっくり地球を半分に分けるという内容の条約でした。
「地球を2つの国で分ける」という約束(^▽^)
こうして、大航海時代は新大陸からの新しい産物をもたらし、ヨーロッパに起きた大変革になりました。しかし同時に、奴隷貿易などで先住民社会に大きな傷を残し、現在の差別問題にもつながっています。
↓ ヨーロッパ諸国による世界征服のはじまり
↓ ヨハネス・ケプラーによる、ルドルフ表に基づいて描かれた1627年当時の世界地図
出典・参考資料
- 一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書 公立高校教師YouTuberが書いた
- 【特装版】「エリア別だから流れがつながる世界史」 ヤマザキマリ 特別カバー
- 明解世界史図説 エスカリエ 十一訂版
- 大航海時代 - 世界史の窓
- 大航海時代 - Wikipedia 等
※この記事は、『世界の国旗』ミニサイト と、マリーアントワネットの国旗解説@Twitter のためにまとめている歴史ノートです。